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スタジオジブリ絵コンテ全集19『風立ちぬ』

白状すれば、ジブリ映画の熱心なファンというわけではない。映画館で鑑賞したのは『風の谷のナウシカ』以来だから、今回の『風立ちぬ』もおよそ30年ぶりの映画館での鑑賞となる(テレビ放送やDVDで全作品を観てはいるが)。これまで宮崎アニメをあまり評価してこなかったのは(などと書くと、ずいぶんとエラそうな物言いになってしまうが)、そこに宮崎駿が抱え込んでいるであろう「暗黒面」ともいうべき側面が反映されてこなかったからだ。宮崎駿の奥底に眠るのは、ファンタジックで美しい世界ばかりではない。そのことは、1982年に『アニメージュ』誌上で連載が始まったコミック版のナウシカを読めば明らかだったし、宮崎が戦闘機に並々ならぬ憧憬を抱いていることも、ナウシカの連載が始まったころには、当時中学生だった僕にでさえほの見えた。

『風立ちぬ』は、そんな宮崎の「暗黒面」との闘いと克服の物語だと思う。僕はその思いを強くしたのは、鑑賞後にこの絵コンテ全集を読んだからだ。絵コンテだからこそ知り得た情報が、大きくふたつある。ひとつは、軽井沢の別荘地でカストルプという人物がピアノを弾きながら歌う歌。二郎を含めた全員が合唱するのだが、ドイツ語なので本編では何と歌っているのかが分からない。だが、絵コンテのほうにはきちんと説明書きがある。ピアノを弾くカストルプの前で「『会議は踊る』の主役にふんした西欧人の婦人がくるくるおどっている」とあるから、この曲は、当時流行したドイツ映画『会議は踊る』の主題歌だとわかる。楽曲名は「唯一度だけ」。絵コンテに書かれた宮崎の訳詞によれば、彼らはこう歌っていたことがわかる。

この世に生まれた
ただ一度だけの
きっとこれは夢まぼろし
人の一生に
ただ一度
二度と帰らぬ
美しい思い出

人の一生に
ただ一度

この曲を作ったヴェルナー・ハイマンは東プロシアの人だったと、先日紹介した池内紀の『消えた国 追われた人々』にあった。ドイツ人が多く暮らす地でありながら、ドイツ本国からは切り離され、敗戦後は、あとかたもなく消滅してしまった、まさに幻のような国・東プロイセン。その消えた国の人であるハイマンの曲を宮崎が選んだことに、何かしら深い理由があるであろうことは想像に難くない。カストルプは前段で、この避暑地のことを「魔の山」と呼んでいる。何もかもが美しく輝く軽井沢の避暑地は、菜穂子との出会いの場所であるが、それは現世とはかけ離れた世界でもある。つまりは「死」の世界。余談だが、村上春樹『ノルウェイの森』のヒロイン・直子とも連関するようで、村上ファンとしても興味深い。『風立ちぬ』にも「あちら側」と「こちら側」の世界が明確に線引きされている点は、押さえておくべきだろう。

絵コンテだからこそ知り得たもうひとつの情報は、ラストシーンのセリフの変更点だが、これはネタバレになってしまうし、すでにネット上でもあちこちで指摘されていることのなので割愛する。平たく言えば、絵コンテ版と本編ではラストシーンがまったく異なっている。最後の最後まで、宮崎駿はラストをどうすべきが悩んだのだろう。その違いは、たった一文字の違いだけけなのだが、その最後の一文字が出てくるまでの葛藤こそが、宮崎がこの映画で成し遂げたかったことなのだと思う。