すべての好奇心をレビューする――「ホンスミ!」

立花隆『がん生と死の謎に挑む』

8月の文春文庫はラインアップが充実していると聞いて覗いてみると、たしかにどの本も面白そう。鹿島茂『渋沢栄一』上下巻、『風立ちぬ』人気にあやかった『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』、文藝春秋編の『吉村昭が伝えたかったこと』。翻訳モノではジェフリー・ディーヴァー『ポーカー・レッスン』で、こちらは文庫オリジナル版である。

取り急ぎでディーヴァーのミステリ短編とともに購入したのが、立花隆の『がん 生と死の謎に挑む』。2009年にNHKで放送された同名番組の書籍版である。単行本には番組のDVDが付録としてついていたが、さすがに文庫版に付けるわけにはいかなかったようで、そのあたりの説明は「文庫版のためのまえがき」にある。NHKオンデマンドで視聴可能であるし(ただし、本書で取材されている内容は、さらにもう二本の番組にもなっていて、そちらはオンデマンド化はされていないとのこと)、情報量に関しては書籍のほうが何十倍も濃いということである。

周知のとおり、立花は2007年に膀胱がんを患って手術をしており、現在も治療中である。本書の中で立花が繰り返していっているように、がんに完治というものはなく、その中でもとくに膀胱がんは再発の可能性が高いのだそうだ。かといって、すぐに命にかかわるということもないらしく、現在は、検査も半年に一回程度ということで〈すでに現役のがん患者という気分はかなり前からなくなっている〉とのことである。つまりこの本は、自らのがん体験が出発点になっているわけで、さすが好奇心の塊というか、転んでもただでは起きない。いかにも立花隆らしい。

とはいえ本書は、立花隆の闘病記というわけではない。これまで数多の「がん番組」が作られてきたが、調べてみると「そもそも、がんとは何であるのか?」という本質をテーマにしたものがない。そのことに気づいた立花は、国内外の研究者たちに向かって「がんとは何なのですか」と訪ね歩く。その記録が本書である。がん患者が訊く、がん研究の最前線。しかしその答えは、あまり芳しいものではない。がんとは遺伝子の不具合で起きるものだが、その不具合の状態は千差万別である。100人のがん患者がいれば、遺伝子レベルでの不具合のパターンは100通りある。それらひとつひとつに完全に合致する治療法を確立することは困難なのだ。そのほか「がんは血管を生みだす」「がんは進化の長い長い歴史が生んだ病気」など、これまでの常識を覆す事例が本書には頻出する。

結論めいたことを書けば、どうやら人間はがんには勝てないらしい。では、この勝ち目のない戦いと僕たちはどう向き合っていけばよいのか? 立花は次のように語っている。

〈番組の取材を通してわかったことは、人間は、生きることそれ自体によってがんを育てており、がんから逃れられないということです。
そして近未来にがんの画期的新療法が生まれることはありません。
ですから、がん患者はいずれ必ずがんに敗北します。肉体的には敗北率100%です。しかし、敗北するといっても、そもそも人間は死亡率100%の動物です。あなたがたは必ず死にます。がんであってもなくても死ぬのです。
ただし、勝ち目がないわけではない。闘病という場では敗北しますが、闘病イコール人生ではありません。人生という場では勝てる可能性がある。「がん」になったが、がんに敗北しなかった人々はいくらでもいます〉

「人生という場で勝つ」ということは、「今を生きる」ということなのだろうと思う。「死」を想いながら。