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永井龍男『青梅雨』

週末は湯河原に一泊した。到着した旨を宿に伝えると、駅まで迎えに来てくれるという。これはありがたい。案内に「徒歩30分」とあったから、タクシーで行こうかと悩んでいたのだ。しばらく待つと、宿の名前を側面に書いたプリウスがやってきた。助手席に案内されると、「もう一組、お客さんがいるから待っていてほしい」という。その客もすぐにやってきて、後部座席に乗り込む。軽く会釈を交わすと、男は僕と同じくらいか。女のほうは若い。年の差カップルか、さては不倫旅行かなどと俗なことを思う。

走り出してしばらくして、女が男に話しかける。日本語ではない。どうやら中国語らしい。当然、男のほうも中国語で返す。中国からの旅行者なのか。そう思っていたら、男が運転手に話しかけた。今度はとても流暢な日本語。いや、流暢というよりもネイティブの発音である。男は日本人らしい。またも「不倫旅行かな」などと、俗なことを思う。

温泉場を舞台にした小説といえば、僕は永井龍男の「蜜柑」という小品を思い出す。永井の作家デビューは19歳の時。大正12年のことである。草稿を携えて菊池寛のもとを訪ね、それがそのまま『文藝春秋』に掲載される。そののち、文藝春秋社に就職。以来、作家活動と並行して編集者としても腕を振るい、『文藝春秋』の編集長を務めたこともある。戦後になって専業作家となり、主に短編小説を書いた。いずれも評価の高い作品ばかりで、だから永井は「短編小説の名手」と呼ばれる。ちなみに芥川賞の選考委員も、昭和33年から昭和52年までという長きにわたって務めた。余談であるが、永井は村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の受賞に強く抗議している。さらに翌年の池田満寿夫の受賞にも不満を抱き、選考委員を辞した。

さて、「蜜柑」である。舞台は箱根で、だから湯河原と似た雰囲気がある。不倫関係にある男女が、ホテルの部屋で身支度をしている場面から始まる。男は女と手を切ろうと考えている。夜通し話し合って別れるということで女とも同意した。けれども、どうも踏ん切りがつかない。男の眼には、女の黒い手袋が焼きつく。〈女が細い手袋の指を、一本一本しごくように、念入りにはめている横顔〉を見ると、せつなさが先に立つ。

帰路のハイヤーに乗り込むと、黒人兵が現れる。運転手に熱海までの道を訊いたらしい。それを機に、運転手が奇妙な話を語り出す。名古屋から東京まで、黒人の将校を乗せていったことがあるという。真夜中。助手席に乗り込んだ黒人はひと言も話をしない。真っ暗闇の中、助手席に黒人を乗せたハイヤーがひた走る。ここでも「黒」のイメージが、読み手に強く印象づけられる。女の手袋とともに。

やがて男女を乗せたタクシーは大磯近くに出る。女はまた会ってほしい素振りを見せる。夕方、また電話するという。男のほうも煮え切らない。その刹那、運転手が「……やったね」とつぶやく。男女が視線を前に向けると、海岸沿いのS字カーブを抜けた先に鮮やかな光景が広がっている。オート三輪が横転し、荷台にあった大量の蜜柑が道路に零れ落ちていたのだ。オレンジ色に染まった道路に、真っ青な海、そして山の緑。これまで「黒一色」だった世界が、とつぜんに色とりどりの世界へと変わる。それと同時に、男の心にも変化が生じる。ドアを開けて、色彩の世界に出ようと女を誘っても、女は暗闇から出てこない。そこで男は決心する。〈夕方の電話にも、私は出ないつもりになっていた〉という一文で、この物語は幕を閉じる。

文庫本にしてわずか11ページの作品だが、永井は「色彩」を使って、男の気持ちが移ろっていくさまを見事に表現している。小説家は活字を連ねて物語を紡ぎ出すものと思いがちだけれども、永井の作品を読むと、どうやらそうではないらしいということに気づく。「連ねる」というよりも「言葉を置いていく」というイメージのほうが正しいのではないか。まるで画家が真っ白なキャンパスに、ひと筆ひと筆丁寧に色をのせていくように。