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ワイルド『サロメ』

先日紹介した谷崎潤一郎は〈儒教の精神から最も遠い作家〉だと、呉智英氏は『現代人の論語』のなかで書いている。それゆえに〈最も遠い者の直感は最も近い者に意外と合致しているような気がする〉という。その“最も遠い者”として、もうひとり呉氏が挙げている作家がいる。オスカー・ワイルドだ。

『ドリアン・グレイの肖像』などの小説で知られる作家の軌跡は少々、癖がある。そもそもワイルドを時代の寵児に押しあげたのは、彼自身の作品によってではない。学生時代から“耽美主義運動の指導者”として頭角を現していた彼は、存在そのものがセンセーショナルだった。それを当時人気だった劇作家ギルバートと作曲家サリヴァンのコンビがオペラ「ペイシェンス」として風刺した。つまり、ワイルドは作家としてではなく、オペラの主人公として、その名をアメリカに轟かすまでになるのだ。これが1881年のこと。

それからのワイルドの人生は、輝かしくも起伏に富んだものとなったが、晩年は失意の中で死を迎える。その契機となったのが、アルフレッド・ダグラス卿との道ならぬ恋であった。ダグラス卿はワイルドの崇拝者であり、やがて二人は恋愛関係に陥る。しかしダグラス卿の父親は彼らの関係を認めるわけもなく、二人の間を引き裂こうとする。やがてそれは裁判沙汰となり、最終的にワイルドは男色の罪に問われ、二年間の禁固刑を申し渡された。さらには破産宣告までも受け、身ぐるみをはがされて収監されることとなる。

戯曲『サロメ』は、ワイルドとダグラス卿との蜜月と破滅とが入り混じった時期に書かれた。聖書の一節(マタイによる福音書 第14章)に材を取っているものの、およそ神聖なものからほど遠い。残酷で妖艶で背徳に満ちた物語となったのは、当時の二人の関係が色濃く反映されているからだろう。聖書の中のサロメは、母親にたぶらかされて洗礼者ヨハネ(イエスに洗礼を与えた人物だ)の首を求める。しかし、ワイルドの描くサロメは、ヨハネの首を父王に自ら所望する。愛しいヨハネは、いくら籠絡しようとしても自分の愛を決して受け入れようとしない。ならば殺して、その唇に接吻しよう。彼女はそう企み、その許しを得るために父王の前で妖艶に舞う。サロメの狂った愛は、ワイルド自身を映す鏡でもある。そしてその末路もまた、自身の運命を予見するものとなった。