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中町信『模倣の殺意』

ある日、近所の書店に足を運ぶと見慣れぬ作家の文庫本が平積みされていた。作家の名前は「中町信」。丁寧にポップも添えられていて、『模倣の殺意』というその文庫本は、今、全国の書店でベストセラーとなっているとある。僕はミステリには疎いので、そのときは買わずに店を出たのだが、その別の日、別の書店(同じような郊外型チェーン店)で、またも同じ本が平積みされているのを見た。こちらにもポップが添えてあって、前回の店よりももう少し詳しい内容が書かれてある。見てみると、著者の中町信はすでに物故しており、『模倣の殺意』は昭和48年に書かれた作品だという。僕がまだ6歳のときだ。そんな昔に書かれたミステリが、どうして今頃になってベストセラーになっているのだろう?

興味をそそられて、僕は『模倣の殺意』を購入した。家に帰ってネットで検索してみると、今春からちょっとした話題になっていたようで、いくつかの記事がヒットした。それによると、このブームの発端は文教堂書店にあるらしい。同チェーンでは昨年末、品切れ本を発掘する企画を店頭で展開。『模倣の殺意』は、その中の一冊に選ばれた。同作が創元推理文庫に収録されたのは2004年のことであるが、長く品切れとなっていたらしい。そこへ書店員が光を当てたというわけだ。産経新聞によれば、この夏の段階で〈25刷38万5000部に達している〉とある。一書店の店頭から口コミで伝わっていったことから考えると、驚異の売り部数だ。

もうひとつ、読んでみたいと思った理由がある。それはこの作品が「叙述トリック」を使ったミステリであるということだ。叙述トリックとはすなわち、書き手が最も重要な情報を故意に読み手に与えないことで、読み手の先入観を巧みに利用するトリックのことである。例えば、「山田太郎」という登場人物が、じつは「女性」だったとか。あるいは日本で起きた(ように書かれている)殺人事件がじつは、日本の真裏の国で起きた事件であったとか(季節が逆になる)。最後にトリックが開陳されることによって、それまで不可解と思われてきた謎が一気に紐解けていく。そのときの快感が、叙述トリックの醍醐味である。

僕の好きなのは綾辻行人の「館シリーズ」で、その第一作目である『十角館の殺人』を読んだときの衝撃は今でも忘れられない。「してやられた!」という悔しい気持ちの反面、まんまと読み手を術中にはめてしまう綾辻の手腕に舌を巻いたものである。ほかにも、歌野晶午の『葉桜の季節に君を想うということ』や殊能将之『ハサミ男』などにも感嘆させられた記憶がある。とりわけ、『ハサミ男』の二重三重に仕掛けられたトリックには大いに驚かされた。まだまだ新作を期待していたのだが、殊能は今年の始めに帰らぬ人となった。早すぎる死が、残念でならない。

叙述トリックは、テキストでしか成り立たないという点がいい。当然のことながら、映像化してしまうとトリックがばれてしまうからだ(『ハサミ男』は映画化されているが)。人気のエンターテインメント作は、最近ではたいていドラマ化や映画化されるから、怠け者の僕などはついつい映像化を待ってしまい、原作に手を伸ばさないことが多い。でも叙述トリックものは映像化が難しいし、なにより「文章」で勝負しているから、読書好きには向いている。『模倣の殺意』のトリックも映像化は難しいと思えるから、やはりこれは、実際に文庫本を手に取って楽しんだほうがいい。ちなみに、電子化もされている。秋の夜長のこの季節には最適な一冊だろう。