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東野圭吾『祈りの幕が下りる時』

発売日に購入したが帯文には、誰が主人公か書かれていない。出版社サイトにも〈東野圭吾、全身全霊の挑戦〉とだけある。だがこれは『赤い指』『新参者』『麒麟の翼』に続く加賀恭一郎シリーズだった(発売日に書店店頭でも告知されていたから、ネタバレにはならないだろう)。加賀の登場は、東野のデビュー二作目となる『卒業』からとなる。当時はT大大学生という設定で、筋書はいかにもミステリといった趣きだった。「ガリレオ」シリーズの湯川よりも早くに生まれたキャラクターだが、長編ドラマの主人公として本格的に復活したのは、やはり『赤い指』からといっていい。

ミステリに疎い僕が、初めて東野の作品を意識し始めたのは、『手紙』という作品を読んだ頃だと思う。当時はすでに『秘密』や『白夜行』も刊行されていたから、いかにも遅い読者である(それ以前に『天空の蜂』なども読んでいたけれど、それほど惹きつけられることはなかった)。僕が『手紙』に強い感銘を受けたのは、それが「犯罪加害者家族」の問題に焦点を当てていたからだ。当時は、少年犯罪が問題視されるようになっていて、その中で「犯罪被害者遺族」への関心がようやく高まりを見せていた頃だった。

「家族」と「犯罪」という問題は、子どもがまだ小さかった僕にとって、とても身近な関心事だった。「もし、自分の家族が犯罪の被害者になってしまったら、自分はどのように振舞えばいいのだろう?」――そんな疑問を抱えつつ、小西聖子氏の『犯罪被害者遺族―トラウマとサポート』(東京書籍)や、藤井誠二氏の『少年に奪われた人生―犯罪被害者遺族の闘い』(朝日新聞社)など、「犯罪被害者遺族」を取り上げたリポートをむさぼり読んだのを覚えている。

そんなときに僕は『手紙』を読んだ。これは殺人事件の加害者である兄と、その弟の物語である。弟は、兄の事件にいつもつきまとわれ、世間からたえず冷遇される。この作品で東野は、「殺人犯の弟」という運命を背負った高校生が成人し、やがて自分の家族を持つにいたるまでの軌跡を、大げさなトリックやサスペンスの要素を用いることなく、真正面から描ききっている。それまで「被害者」の視点しか持っていなかった僕は、東野が提示する「加害者」の視点に、虚をつかれる思いがした。そして、自らの浅薄さを恥じた。以来、僕の心の中には「もし、自分の家族が犯罪の加害者になってしまったら、自分はどのように振舞えばいいのだろう?」という問題も渦巻いている。もちろん、そう簡単に答えが出るものではないのだけれど。

東野の長編作品は、その中心に「家族」がいる。加賀恭一郎シリーズは、とりわけその色が濃い。シリーズそのものが、加賀というひとりの青年の成長を辿るかたちをとっていて、そこに別の家族の事件が絡むという構成になっているからだ。太い幹となって貫く加賀自身の家族の物語に、別の家族の物語が絡みつく。『赤い指』は、加賀の父・隆正との確執を主軸としたドラマであった。そして最新作である『祈りの幕が下りる時』で明らかにされるのは、加賀の母の物語である。加賀の母親は、加賀が幼いころに家を出ている。警察官だった父との確執はそこに端を発するわけだが、本作ではその真相が明らかにされる。ただしこの物語の本筋は、あくまである女性演出家にまつわる殺人事件である。二つのドラマが交錯する中で、やがて一筋の光がほの見えてくる。そのラストまで、一気に読者をいざなう東野の手腕は、見事としか言いようがない。