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漢字の文明 仮名の文化―文字からみた東アジア (図説 中国文化百華)

書家である石川九楊が書いた漢字論。半年前の刊行、「白川静」と同じ頃である。本書にも白川静への言及があるが白川が漢字も日本語というのに対し石川は日本語(かな)も漢字という。正反対のようだが要するに漢字が中国語、かなが日本語という考えはおかしいということ。確かに国字の存在や日本で造られた熟語が中国語になったりすることを考えるとアルファベットのように漢字は文字であり中国語とか日本語とセットで考えなくてもいいと思った。そして漢字文明圏を東アジアと考えようと石川はいう。仲が悪いのは違いを強調するからで基本的には同種の文化だという。確かに中国語の方言の違いは相当のものらしいから日本語も韓国語も漢字だけではやっていけない程離れた方言という見方も可能かもしれない。
こう書くと強引だが本書を読んでもらえれば著者の主張も理解してもらえると思う。著者はなにも漢字が万能だと書いているわけではない。だが漢字の歴史から政治のための文字で中国も日本もそれに規定された文化でありそれは悪い面もあるがいい面もあるという。ちなみに「かな」はそうした漢字の性格ゆえに感情(性愛、四季、絵画的表現、連続性)を表現するために生まれた文字であり日本文化があって漢字が入ってきたのではなく漢字からかなが生まれたのに伴いかなによる芸術が生れ日本文化が成立したという。確かに代表的な日本文化である茶の湯や寺院、仏像なぞを考えれば日本化してはいるが元々は中国文明といえるだろう。それに関連して言うと日本は亡命者の作った国だという。中国の歴史は政変の歴史、異民族への征服と異民族からの被征服の歴史だからその都度、多くの亡命者が誕生しかなりの割合で日本へ来たことだろう。具体的に書かないと説得力がない文章だが本書は豊富な資料を掲載して主張を助けているからぜひ読んで欲しい。私は100%納得したわけではないが多くの主張に感心することができた。